本づくりの原点がここに。
しずけさとユーモアを 下町のちいさな出版社 センジュ出版
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2018.08.06
日本文学に詳しい人で、雑司が谷を知らない人はいないだろう。広大な敷地を擁する『都営雑司ヶ谷霊園』には、夏目漱石、泉鏡花、小泉八雲など、日本文学史に名を残す数多くの文豪たちが眠る。近くの『鬼子母神(法明寺)』は江戸三大子母神に数えられ、古くから信仰を集めている。樹齢600年の大銀杏は、堂々たる佇まいだ。また、都電荒川線は鉄道ファンを惹き付けてやまない。
雑司が谷は豊島区にありながら、まだまだ古い街並みを残す地区だ。古くからの住人が多く、町内会も盛ん。街の人々は人情に厚く、人間関係も密だという。『キアズマ珈琲』は、そんな街に寄り添いながらひっそりと佇むカフェだ。鬼子母神の参道に面した、築80年の『並木ハウス別館』という建物に手を入れることで、カフェへと生まれ変わった。
また、この『並木ハウス』は、漫画家・手塚治虫がトキワ荘の次に移り住んだ場所としても知られており、今も現役のアパートである。建物を含め、この街全体が古い記憶を引き継いだ、生きた『文化財』なのである。
『キアズマ珈琲』オーナーの髙安宏昌さんは、開業前に鬼子母神へ参拝に訪れ、この建物に出合った。「鬱蒼として少し暗い。あまりきれいな長屋ではなかったけれど、ここにコーヒー屋を作るのは面白いなと感じたんです」と振り返る。
人通りはさほど多くなく、飲食業の立地条件として良いとは言えない。しかし、並木道や川沿いにカフェを開きたいと考えていた髙安さんは、この街、そしてこの建物の佇まいを、とても気に入ったのだという。
ことさら古い物件を求めていたわけではないが、この建物に決めたからには街の風景を邪魔したくないと考えた髙安さん。大きな看板は掲げず、名前の入った赤いプレートを軒下に取り付けた。そして店内の照明は、『内』と『外』が完全に隔絶しない程度に、ほのかに気配が感じられる明るさを心掛けた。また、カラカラと音を立てる入口の引き戸は、店主自ら探し求め、手に入れた。
いざ店内に取りかかろうとすると、いくつかの問題点が浮かび上がった。耐震性を高めるため取り除くことのできない壁や柱がある。大きなレイアウト変更は不可能だった。だからといって、『レトロなだけの古民家カフェ』にはしたくない。
設計士から提案されたのは、壁を黄色や赤などの鮮やかな色に塗ることだった。店内が明るくなるうえに、古い木材とも相まってモダンな雰囲気が生まれる。1階カウンターの壁はシックな深緑に、対照的に2階の壁は鮮やかな色を取り入れた。
耐震補強のための壁を仕切りや目隠しのように活かすべく、テーブルや椅子のレイアウトを工夫。2階の一部分は半個室のような席が生まれた。そのせいか、カフェを利用する人それぞれに、お気に入りの場所ができたという。
席を指定するファンも多い赤い部屋。部屋として独立したスペースだった部分を、壁はそのままに扉のみ取り除いた。少しだけ目線が遮られ、半個室のような雰囲気が生まれている。
使う器は、髙安さんの好みもあり北欧のものが中心で、鮮やかな壁とも好相性。本棚の中にあるのはアメリカ文学がほとんどだ。文豪ゆかりの地で、文学談義に花を咲かせるのも面白い。
キアズマ珈琲は、受け継がれた『記憶』というバトンを見事に受け取り、走り続けている。
テーブルに合わせた椅子は、高円寺で髙安さんの祖父が開いていた喫茶店で使われていたもので、使い込まれた跡が残っている。天井からの灯りは強すぎないよう調節している。
一見古い木造アパートとは思えないが、じっくり観察すると柱や壁の名残がわかる。
軽食として人気がある『ビーフパストラミサンド(500円)』と、最高級の原材料で香り付けした『さのみ』の茶葉を使った『アールグレイ(500円)』。
使う器は、髙安さんの好みもあり北欧のものが中心。
鬼子母神の参道に面した、五軒長屋の一角にある。
【DATA】
●キアズマ珈琲
住所:東京都豊島区雑司が谷3-19-5
電話:03-3984-2045
営業時間:10:30~19:00
定休日:水曜
アクセス:東京メトロ副都心線雑司が谷駅1番出口、都電荒川線鬼子母神前駅から徒歩2分
(出典:『#カフェ部』エイ出版社)
(編集 M)
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