色で選ぶ万年筆インク!
INK 万年筆インクを楽しむ本
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2019.03.18
最後に鉛筆で字を書いたのはいつだったでしょう? ボールペンやシャーペン、たまに万年筆を使うことはあっても、ここ何年も鉛筆で文字を書くことはなかったように思います。
鉛筆は、人生の最初に出会う筆記用具。懐かしい友達のようなもの。たまには子どもの頃に戻って、心に浮かぶとりとめのない思いをサラサラと鉛筆で書き記してみませんか? 昔馴染みの鉛筆もよし、あるいは、かつて憧れた高級鉛筆を、大人になった今使うのもオツなものです。文具ライター・小日向 京さんにそれぞれの個性が光るロングセラー鉛筆について語ってもらいました。
「鉛筆には、外国製の珍しいもの、おしゃれな軸色のもの、芯に特性があるものなど数々の種類があるものですが、どんなときにもこれだけは欠かせない、という鉛筆が三菱鉛筆ハイユニと9800、トンボ鉛筆モノ100と8900です。
これらの4種はそれぞれに日本のドローイング鉛筆と事務用鉛筆を代表する製品で、芸術作品から日頃の走り書きまでを網羅する逸品です。その六角軸を、誰しもどれかは手にしたことがあるのではないでしょうか。学校の教室で、私は三菱派、私はトンボ派、と文具好きの友だちと熱く語ったこともありました。昭和時代に生まれたこれらの製品は、三菱鉛筆とトンボ鉛筆が、互いにしのぎをけずってきた鉛筆作りの結晶と言えます。
三菱9800とトンボ8900を並べて見比べてみると、同じ価格帯の競合製品として生まれたことを実感します。緑系の六角軸は三菱は深めで、トンボは明るめの色合いです。そしてハイユニとモノ100は、軸の色みこそ違えどもつやつやに施された軸塗装に目を見張り、その立ち位置にはやはり共通するところがあって、文字筆記のみならずドローイングにも向く超微粒子の芯が使われています。これらの鉛筆を、そのときの記述内容や紙、また天候によって使い分けています。
使い分ける理由は、その筆記音です。サラサラした音、こっくりとした音、粒子感が現れる音、芯先が紙を跳ねる音……黒鉛芯と紙によって、鉛筆は様々な音を奏でます。その音に、書くときの心情がぴたりと合うと、書くものの内容までもが色濃く仕上がると思うのです。
天候は、紙の状態を決定づける大切な要素です。雨が降っている日に、鞄のノートや手帳の束が波打っていることがあります。そんなときには、書き味も筆記音もしっとりとしたものに変わります。ならばいつもはシャリシャリとしたトンボ鉛筆8900のHBにしてみようか? もしくはなめらかなハイユニBをいっそう穏やかな音で味わってみようか? と胸が高鳴ります。鬱陶しい雨の日にも、そんな楽しみを抱かせてくれる鉛筆は偉大です。
雨の日には、軒先の雨の当たらない場所にしばらく鉛筆を置いておくのも一案です。木軸に湿度を加えるわけです。すると、削り心地まで変わります。冬場の晴れた日には、キリッと乾いた音をザラついた紙で味わうのも楽しいものです。
いつも同じ姿かたちをした鉛筆にも、季節の変化を味わう喜びが秘められているのです」
【三菱鉛筆 ハイユニ】
1966(昭和41)年発売。三菱鉛筆の最高級鉛筆で、1958年に発売されたユニの上位版。黒鉛芯の超微粒子を感じながら、紙へ吸い付くように定着する描線を味わえる。芯は尖らせる一歩手前で長めに削るのが、筆者は気に入っている。22硬度(10H~H、F、HB、B~10B)・定価140円(+税)。
後端すべての面に硬度表記あり。刻印がないのは6面のうち4面で、名入れは筆者の場合、正面から数えて3面目に入れることが多い。何度も重ね塗りされたつややかな軸の『ユニ色(ユニシリーズ独自の、えび茶とワインレッドの混合色)』が美しい。天冠にはゴールドの切り替えに、丸軸の樹脂と黄色いワンポイントが施されている。この天冠上部の面取り部分にまで見惚れる仕上がり。
【三菱鉛筆 事務用鉛筆 9800】
1946(昭和21)年発売。驚きの低価格と安定の使い心地でロングセラーを続ける。芯は他の同じ硬度と比較するとやわらかめで、適度な粒子感もあるため多彩な筆記音が楽しめる。削り器での芯先も良いが、ナイフでの木軸の削り心地も良好。6硬度(2H、H、F、HB、B、2B)・定価40円(+税)。
硬度表記は3面にあり、文字・バーコードも同じ3面にある。特筆すべきは刻印の豊かな書体使いとデザイン。深緑の軸にゴールド、そしてホワイトの文字を合わせており洗練されている。天冠はなく、切りっぱなしの尻軸。他に海外仕様では天冠の付いた『9800デラックス』という商品もあることを知って衝撃を受けた。
【トンボ鉛筆 モノ100】
1967(昭和42)年発売。トンボ鉛筆の最高級鉛筆で、1963年に発売したモノの上位版。超微粒子の高密度構造の芯はなめらかで折れにくく、筆圧に応じた濃く鮮明な筆跡を残す。微粒子の細かさは1ミリ立方に100億個というとてつもない数値。17硬度(9H~H、F、HB、B~6B)・定価140円(+税)
硬度表記は3面にあり、刻印文字・バーコードも同じ3面にある。ピアノブラックのようにつややかな漆黒軸がクール。ゴールドの箔押しと尻軸のリングが軸の高級感を際立たせている。天冠部は軸のブラックを引き継ぐ樹脂。間を貫く白い線がキリリと清々しい。この天冠見たさに、芯を下にペンスタンドへ立てることもある。
【トンボ鉛筆 8900】
1945(昭和20)年発売。事務・学習用鉛筆のスタンダードとして知られるロングセラー。なめらかさとともにシャリ感のある書き味で、筆記音に頭が冴えてくるのを感じる。好みの硬度で尖った芯から丸まった芯まで、軽快に書き進められる。6硬度(2H、H、F、HB、B、2B)・定価40円(+税)
硬度表記は3面にあり刻印文字・バーコードも同じ3面にある。オリーブグリーンの軸色が爽やか。上のモノ100同様、トンボマークは2013(平成25)年の創立100周年に新しくなった。天冠はなく、切りっぱなしの尻軸。オリーブグリーンに木目が綺麗。ゴールドとホワイトの刻印色で『HB』など硬度表記も2色を使っている。
鉛筆軸には、子どもの頃のように仮名文字で名入れを施すのも楽しい。昔ながらの箔押し活版刻印の凹凸感に心が躍る、贅沢なたしなみ。
●小日向 京(こひなた きょう)
1968年東京都生まれ。共立女子大学大学院文芸学研究科修了。幼児時代から新聞書体や看板書体に興味を持ち、文字と文具に並々ならぬ関心を抱く。文具雑誌を中心に、文字を書くことや文房具について著述している文具ライター。『趣味の文具箱』(エイ出版社刊)にて「手書き人」「旅は文具を連れて」を連載中。著書に『考える鉛筆』(アスペクト刊)がある。『飾り原稿用紙』(あたぼうステーショナリー)の監修など、文具アドバイザーとしても活動している。
(文:小日向 京、編集:エイ出版社)
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