わたしがかけ出しだった頃の話。

CAMERA magazine編集長 清水茂樹

平凡ではない、非日常の連続。雑誌作りの毎日は刺激に満ちあふれている。

カメラも写真も大好き。それを雑誌編集という仕事にしたら、普段は絶対に会えないような人、物、場所と巡り合う毎日がやってきた。専門雑誌を作るには、独特の言葉や知識が必要だ。カメラ雑誌を作り始めたかけ出しの頃は、当然そんな蓄積はない。著名な写真家やカメラメーカーの設計のトップに会いに出かける日々。「こいつ専門誌の編集者のくせに何も知らねーな」なんて思われないだろうか。刺激と背中合わせに、こんな疑心と緊張が貼り付いていた毎日だった。

石川文洋さんとの出会いは、カメラ雑誌を作り始めてすぐにやってきた。至福と緊張が合体しピークに達した瞬間だった。学生時代から石川さんの著書を読み、写真集を見続けていた。憧れの戦場カメラマンの家を訪ね、作品の掲載と原稿の依頼をした。「なぜベトナム戦争の最前線に向かい、そして撮ったのか」。石川さんはその答えを写真と文でずっと語り続けていたけれど、自分の言葉を使ってあえて質問してみた。たぶん緊張で手が震えていたと思う。

戦争は悲惨で、平和は大切。当たり前のように思っていることでも、戦場の最前線を見つめ、そして撮り続けてきた人の言葉はとても重かった。尊敬する人から言葉を授かり、誌面に載せて多くの人に届ける。自分の心がしっかり動けば、できあがるページには人を惹きつける力が加わる。ページを作るには技術や経験が必要だけど、それだけじゃいい本作りはできないことを教えてもらった。かけ出しの頃の貴重な体験だった。石川さんは65歳のときに北海道から沖縄まで徒歩だけで縦断して日本を撮るという挑戦をした。この時は、石川県の海沿いの道を2日間だけ同行させていただいた。小さな民宿に泊まり、2人だけで温泉の湯船に浸った。60歳を過ぎたとは思えない肌の艶とお尻の筋肉の形は今でも脳裡に焼き付いている。

2014年の「CAMERA magazine」では石川さんがベトナム戦争をハーフサイズで撮影したエクタクロームを掲載させていただいた。これは自宅の奥から見つかった幻のポジだ。貴重な原板を目の当たりにして、その手は12年前のあの日と同じように震えていた。

profile

清水茂樹(シミズシゲキ)。1965年福島県会津若松市生まれ。父親がカメラ好きで、ペンタックスSP、オリンパスペンなど庶民的なカメラに囲まれて育つ。2000年にエイ出版社に入社し、カメラムック「ライカ通信」「ニコンFのすべて」などを手掛ける。2004年に「CAMERA magazine」を創刊。カメラと写真の快楽を追い求める日々が続く。

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