わたしがかけ出しだった頃の話。

flick! digital編集長 村上琢太

「やりたいこと」をすべきか、それを諦めて眼の前にある仕事をして「やりたいこと」は趣味に留めて置くべきか? 人生に幾度となく出てくるテーマだし、これを読んでるみなさんは、そんな逡巡の真っただ中なのではないかと思う。

私の意見としては「やりたいこと」を仕事にすべきだし、「やりたくないこと」にも食いついて踏ん張ることも大事だと思う。矛盾しているようだが、人生の局面において、どちらもあり得る。

私がかけ出しだったのは、もう四半世紀近く前。私はみなさんと同じように新卒で就職活動をして、京都の実家から通える、大阪のとあるソフトウェア会社の内定をもらっていた。が、結局、私は夢を追う事にして、1年半後、そのソフトウェア会社を辞めて、今のエイ出版社に繋がる株式会社ライダースクラブ(当時)に入社した。

当時はまだ、会社は10人ぐらいの家庭的な規模。小さかった会社は、夜討ち朝駆け、先輩後輩の上下の厳しい徒弟制の世界だった。ロケは早朝4時や5時の集合だったし、徹夜はあたり前だった。

「わたしがかけ出しだった頃」の主な仕事は、バイク磨き。明けても暮れてもバイク磨き。バイクを借りてきて磨き、撮影前に磨き、撮影が終わったら磨いて返却する。何百万円もするような高価なバイクをキズを付けぬように扱い、美しく磨き立てるのは、簡単なようで難しい仕事だった。いまひとつは、写真のフィルムや原稿を持っての現像所や印刷所の往復。24時間営業のバイク便みたいなものだ。これも簡単なようで、先輩のスタッフやカメラマンが命がけで撮ってきた「世界に1枚しか存在しない」写真だったから、厳密に扱いの手順があったし、それを違えたら、とても厳しく怒られた。

それでも楽しかった。借用と返却の時だけだったけど、色んなバイクに乗れたし、メーカーの人や、世界的なレーシングライダーにも会えたし、大好きなバイクにどっぷり浸かっていられたから。そこから数年。少しずつ記事を書かせてもらえるようになった。取材で世界中を旅したし、本も任せてもらえるようになった。1冊丸ごと責任編集で本を作らせてもらえたのは、3年後のことだった。

入社して7年後。今から思えば壁に突き当たってRIDERS CLUB編集部で鬱屈していた僕は、ある日突然、他の部署に転属になった。バイクに乗れないのなら会社を辞めようかと最初は思った。好きな事ができないのならこの会社にいる意味はない。が、壁に突き当たったまま途中で投げ出すのも悔しいと思い、次に所属した編集部では、自分を殺してでも必死になって仕事をすることにした。それで、壁を越えられないのなら仕方がない。辞めようと。

しかし、そうやって捨て身になると不思議と道は開けるものなのだろうか? 仕事が上手く進むようになった。そして、気がつけばやりたいことは「バイクに乗りたい」から「いい本をつくりたい」に変わっていた。どんなカテゴリーであれ、本をつくるということ自体が面白くなっていたのだ。「やりたくないこと」でも一心不乱に追求することで道が開けることもある。むしろ、やりたいことだけを追求していても、おそらく開けない道もある。

「やりたいこと」を仕事にするのは何より大切。しかし、時には「やりたくないこと」でも、とことん食いついて、がんばるべきだと思うのは、そんな出来事があったからだ。

profile

村上琢太(ムラカミタクタ)。『RIDERS CLUB』から『RC AIR WORLD』に異動し、編集長に。海水魚とサンゴの本『コーラルフィッシュ』、デジタルデバイスの本『flick! digital』などを立ち上げる。

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