わたしがかけ出しだった頃の話。

BiCYCLE CLUB編集長 岩田淳雄

新卒で自転車専門誌の編集部に配属されて2年くらいたった年末の話。もう30年くらい前だね。当時、流行りはじめていた、派手なペイントが施されたマウンテンバイクのフレーム特集を担当することになった。注目されていたマウンテンバイクのほとんどはアメリカからの輸入モノ。仕事は輸入商社に連絡してフレームを編集部に送ってもらい、それをスタジオ撮影して誌面掲載する、というものだ。よーし、カッコいいビジュアルのページをつくってやるぜ!

年末年始の休みを挟むので、その号の締め切りは異様に早かった。印刷所への入稿は年内に済まさなければならない。モノ集めと手配をしていくうちに、あるフレームが輸入商社から、岡山県のデパートの催事場に貸し出されているということがわかった。日本にはまだその1本しか入っていない。だからこそ絶対にその写真を入れたい。いや、入れねばならぬ。鼻息荒くそのデパートの催事場担当者に電話する。「うーん、でもこちらで展示するのが30日までなんで、それから送ってもそちらの締め切りには間に合いませんよね」。担当者の返事は冷たかった。いや、冷たく聞こえた。考えてみれば当たり前のことを言っているだけなのだが。俺としては「雑誌に掲載されるんでしたらその期間だけ展示から外してお貸ししますよ」みたいなミラクルな返事を期待していたのだ。ところがそんなに都合よく世の中は動かない。「展示期間中は持ち出すことはできないので」。そりゃそうだ。

しかしここで諦めないのが若さである。「そこをなんとかしていただけないものでしょうか。いやなんとかしてくださいよ、お願いですから、俺ホントに困っちゃうんです。編集長に怒られちゃうんです」といった交渉というか泣き脅しをしつつ受話器を握りしめて離さない俺。30分にもおよぶ、行き場のない押し問答。いい加減自分でも、こりゃどう考えても無理だと思い始めた。そうだよな、完全に自分勝手だ。それって俺の都合じゃん。迷惑だよな、相手には関係ないし。諦めよう。「すみません今回は結構です」そう口にしかけたとき担当者が言った。「その写真、私が撮ってお送りしましょうか」

少しは写真の心得があるので、というその人は、俺がどんな写真をイメージしているのかを聞き、「撮ったらすぐに送りますので、見てみてください」と言って電話を切った。でも思った。心得があるっていったって、やっぱり素人だろう、期待はできないよな。

そして送られてきた写真は思った以上に出来のいいものだった。マジ? ちゃんと黒いバックに指示したアングルで撮影されてる。すげえ! やったあ! これでこのフレームをページに入れられるぞ。感激した俺はすぐに電話した。「ありがとうございます。ほんとうに助かりました。年末のこんなに忙しいときに、しかもお仕事と直接関係ないことなのに。大変だったでしょう、撮影するのも……」。電話口でその人は笑いながら言った。「そりゃあ大変でしたよ。夜、店が閉まってからその場で撮影したんで。でもね、なんとかしてあげたくなったんです。あなたがあんまり一生懸命だったから」

俺は今でも一生懸命か。あのときの気持ちを忘れていないか。

profile

岩田淳雄(イワタアツオ) 『BiCYCLE CLUB』編集長。1961年、愛知県生まれ。2014年3月まで、他社で自転車雑誌の編集長を務め、その後エイ出版へ。愛車はジャイアント・プロペル。好きな言葉「半額」。

万年筆
  • 2nd編集長 高橋 大一
  • CLUB HARLEY編集長 竹内 淳
  • バイシクルクラブ 編集主査 鈴木喜生
  • バイシクルクラブ 編集長 岩田淳雄
  • RIDERS CLUB 編集長 小川勤
  • BikeJIN 編集長 中村淳一
  • flick! digital編集長 村上琢太
  • ランニング・スタイル編集長 吉田健一
  • 出版開発部編集長 山本道生
  • RC WORLD編集長 佐々木雅啓
  • ランドネ編集長 今坂純也
  • Discover Japan 編集長 杉村貴行
  • トリコガイド編集長 原大智
  • 暮らし上手シリーズ編集長 酒井彩子
  • ei cooking 編集長 河崎秀明
  • CAMERA magazine編集長 清水茂樹
  • CLUTCH Magazine・Lightning 編集長 松島睦
  • CLUTCH Magazine編集主査 小池彰吾
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  • パームスカフェ店長 村田幹有
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