わたしがかけ出しだった頃の話。

出版開発部編集長 山本道生

私がかけ出しだった頃。正直に言って、どんな仕事をしていたかはよく覚えていません。しかし、どういう風に過ごしていたかはよく覚えています。学校を卒業し、私が最初に雑誌編集部員として働き始めたのは、あの阪神タイガースが奇跡の優勝を遂げた1985年。某スキー専門誌で、F井さんというギョーカイきっての名物編集長のもとで編集の仕事を始めました。そのとき何が一番印象に残っていたかっていえば、F井さんの出で立ちです。真っ白なシャツに真っ黒なジャケットをはおり、真っ黒でダブダブなズボンをはき、サングラスにオールバックで煙草をくわえている。これが“編集長”かぁ。ダンディだなぁ、と思ったものでしたが、それ以降、F井さんを超える個性的な編集長には出会っていません(笑)。

そのF井さんのライフスタイルは、私の頭(編集者像)に徹底的に刷り込まれました。

昼間はいつも外にいて(どこに行っているかは? もちろん携帯電話もない時代です)、夕方編集部に戻ってくると極太の万年筆でささっと原稿を書き、部下の原稿に赤字を入れて、PM9時を待たず夜の闇へ消えていきました。席を立った後、そっと原稿を読ませていただくと、この原稿が“うまい・深い・面白い”ときている。

入社1カ月を過ぎた頃だったと思います。遂にお声がかかりました、夜の闇のお供に。行先は四谷荒木町。もちろんタクシーで移動です(ちなみに会社は神保町でした)。老舗の小料理屋さんに入店、冷えたビールに板さん自慢のおつまみ。学生時代にはなかった世界がありました。そこを1時間半くらいでお勘定すると再びタクシーに乗車。向かう先は新宿・花園神社です。花園神社? なんでと思いきや、この時代、ギョーカイの人が集う場所と言えば、花のゴールデン街。“あんよ”という店にまずは入店。薄暗くて噂通りのカウンターだけの店内に、ママさんと渋いお客さんが1人。飲み物はウイスキー(だるま)のロックで、おつまみは乾きものだけ。入店前に絶対、仕事の話はしないようF井さんに教えられていたので、あたりさわりもない四方山話をしていること30分、F井さんはぱっとドアを開けて次に行くぞの一言。えっ? お勘定はツケ。そして次に入ったのは、数件隣の中島さんというマスターがいるお店。座ってしばらくすると、アコーディオンをもったおじさんが突然乱入。F井さんはその方の胸のポケットにそっとお札を入れると、美空ひばりを歌い始めました。これがナガシというものか……またまた勉強になった気がしました。ちなみにその方はマレンコフさんといい、私も3回目ぐらいではじめて歌わせていただきましたが、カラオケと違って、アコーディオンに合わせて歌うのがとても難しかったことを今でも覚えています。そして夜のお店のハシゴは明け方まで続き、始発電車で帰路につきました。

かけ出しの頃の話といえば、仕事のことよりこんなことばかり覚えている気がします。ただ、F井さんから教わったことは約30年を経った今でもたしかに生きているような気がします。直接、言葉で言われたわけではありませんが、編集者としての生き方を……。“うまい・深い・面白い”原稿の原点は、こんなところ(ゴールデン街? 酒? 歌?)にあるのだと。F井さんから直接言われたことは、月刊誌は腹八分目でやりなさい(それが長く続けるコツ)、歯を食いしばって本を作らない(読者に必ずそれが伝わる)、表紙にする写真は写真の方からおれを使ってくれと言ってくる(未だその境地に到達していません)などなど。そんな事を肝に銘じつつ今日も原稿を書いています。

profile

山本道生(やまもと・みちお)。1962年生まれ。某スキー雑誌編集部などを経て、2010年にエイ出版社に入社。『ランニング・スタイル』編集部に配属され、その後、仏教関連の本やスポーツ・健康関連の本を制作する。現在は出版開発部編集長として、スポーツ・フィットネス関連の本に加え、歴史・宗教など様々なジャンルの本を手がける。

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