わたしがかけ出しだった頃の話。

ランニング・スタイル編集長 吉田健一

私(男)は女性が使う塗り薬を買ったことがある。メーカーのホームページには以下のような説明がある。「デリケートゾーンのかゆみ・かぶれに」。つまり、そういう塗り薬だ。当時、私は20代半ば。かけ出し中のかけ出しだ。ある女性情報誌のセルフケア特集の撮影日、女性用の市販薬がずらりと並ぶスタジオで、私は先輩の怖い女性編集者に怒られていた。「○○○軟膏がない! 近くの薬局で買ってきて!!」
私は猛ダッシュした。季節が夏ということもあり、汗びっしょりのまま薬局に飛び込み、レジにいた店員にこう尋ねる。「○○○軟膏、ください!」。髪の長い20代半ばの男が、血相を変えて、息を切らせながら、女性用の「デリケートゾーンのかゆみ・かぶれに」な、塗り薬を買い求めるシチュエーション。店員は、さぞかし引いたことだろう……。そして私は領収書をもらい忘れ、あたかも「個人的に必要だから買いに来た」ということになってしまった。領収書さえもらえば「この人は仕事で必要なのだな」と、店員にわかってもらえたはずなのに……。

私は当時、編集プロダクションに勤務していた。毎日が怒涛のように忙しい。しかし私は早く仕事を覚えて一人前になりたい一心だったので、ツラいと思ったことはない。ツラいと思ったことがないのは必死だったからだ。目の前にあるページをどうやって作るか、それしか考えていなかった。しかし、わき目もふらず仕事をしているがゆえに、“わき”に目がいかずミスをする。
あれから15~16年は経ち、少しは仕事ができるようになったのだろう。自分のやれること、やりたいことが見えてきて、ステージが少しばかり進んだことを感じている。あの頃に比べれば、当たり前だが、本作りというフィールドを広く見渡せるようにはなった。しかし、だからといって一人前になれたとは、今でも思わない。この仕事は終わりがないことも醍醐味のひとつだからだ。

編集プロダクションで5年近く働き仕事を覚え、その後フリーで3年ほど経験を積んだ。その頃、仕事上で付き合いのあった、エイ出版社の、あるベテラン編集者から声をかけていただいた。「うちに入らない?」。あこがれの“版元”だ。自分の仕事ぶりが認められたのだ(と思う)。一も二もなく「お願いします」と答えたのが、ここエイ出版社に入れたきっかけ、つまり中途入社だ。最初はアルバイト。だが、雇用形態なんてどうでもいい。版元で本が作れる。しかも準大手だ。その後は編集者として、さまざまな本に携わり、経験を積むことができた。編集経験の半分以上を、この会社で過ごしている。私という編集者の育ての親といってもいい。

という私のざっとした経歴を、海外のメディアツアーでお会いした、他社のある編集者に話す機会があった。ついこの前だ。その編集者は私に尋ねた。「編プロとフリーとエイ出版社で、どの時期が一番おもしろかったですか?」。「今ですね」。私は間髪入れずに答えていた。普段からはっきり認識していたわけではないので、じつは自分の答えに驚いていた。
そんな現状と、そんな現状を作り出すことを手助けしていただいた周囲の人たちに感謝しつつ、編集者として、個人として幸せだと感じている。今がおもしろいのなら、明日はもっとおもしろくできるはずだ。なぜなら、これまでで今が一番おもしろいと答えられたのだから。

profile

吉田健一(ヨシダケンイチ)。ライフスタイルに取り入れるランニングからマラソン大会まで、走ることの楽しさを幅広く伝える月刊誌『ランニング・スタイル』編集長

万年筆
  • 2nd編集長 高橋 大一
  • CLUB HARLEY編集長 竹内 淳
  • バイシクルクラブ 編集主査 鈴木喜生
  • バイシクルクラブ 編集長 岩田淳雄
  • RIDERS CLUB 編集長 小川勤
  • BikeJIN 編集長 中村淳一
  • flick! digital編集長 村上琢太
  • ランニング・スタイル編集長 吉田健一
  • 出版開発部編集長 山本道生
  • RC WORLD編集長 佐々木雅啓
  • ランドネ編集長 今坂純也
  • Discover Japan 編集長 杉村貴行
  • トリコガイド編集長 原大智
  • 暮らし上手シリーズ編集長 酒井彩子
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  • CAMERA magazine編集長 清水茂樹
  • CLUTCH Magazine・Lightning 編集長 松島睦
  • CLUTCH Magazine編集主査 小池彰吾
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  • パームスカフェ店長 村田幹有
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