わたしがかけ出しだった頃の話。

Discover Japan編集長 杉村貴行

わたしが新卒採用で入社したのは2002年。いまから13年前。つまり現在30代中ごろ。かけ出しだったころを回想するなんて、諸先輩方から「お前が語るなんて100万年早え!」と怒鳴られそうで怖いくらいの年ごろだ。しかも、かけ出しだったころの話なんて編集者にとっては酒の肴くらいの存在で、わたしに限らず多くの編集者が後輩を呑みに誘っては武勇伝を披露する。「あの頃は毎晩徹夜でさぁ、編集長から『この●●●野郎!』『お前なんて▲▲▲してしまえ!』なんて罵詈雑言の嵐でさぁ……」

先輩や上司の武勇伝は嫌でも聞かされる。それも何時間も。「はいはい、そうでしたよね。そのあと、デザイナーさんに怒られて、そのあとはカメラマンさんに慰めてもらったんですよね」なんて言えません。黙って聞くものです。編集者になった暁には、覚悟して聞いてください。

でも、そんな理不尽な編集長との会話のなかに、仕事の教訓は隠れています。私が編集者として3年ほどのキャリアを積んだ年の冬。ひと通りの仕事のフローを覚え、それなりにページ数を任せてもらい、自分なりに編集ってこういうもんだ的なことを理解し始めたころ、編集長は言いました。

上司「そろそろひとりでムックを作ってみろ」
私「え? ムックって、まるっと一冊分ですか?」
上司「そうだ、半分だけ作る本なんてあるのか?」
私「いやまあ、そんな大きな仕事を任せてもらえるなんて、嬉しいです。でも、本当にひとりで、ですか?」
上司「そうだ、一度聞いたことを聞き直すな」
私「はい、発売日はいつごろですか?」
上司「二か月後」
私「……」
上司「聞こえたか? ジャスト二か月後だ」
私「…………え? あ、ああ、ジャストニカ・ゲツゴですか。そんな名前のハーフの同級生いたような気がします。うん、そうそうゲツゴ君。サッカーが得意だった気がします。それで、発売日は?」
上司「二か月後だ」
私「『理香ゲッツ!!後』ですか。理香ちゃん、古いギャグが好きなんですかね?」
上司「……二か月後だ」
私「…………。わたしの聞き間違いじゃなければ、編集長はわずか2か月後に発売するムックをひとりで作れと?」
上司「そうだ」
私「通常、複数人の編集者が集い、一誌専心、締め切り前は徹夜も辞さずに作り出すムックを一人で。さらに、わたしは月刊誌でも担当ページを持っています。もしかしたら、できないのではと思います」
上司「できるかできないかは聞いていない」
私「そうですね。でも、ひとりじゃできないと思うんです。せめて二人とか」
上司「『とか』はそのあとに続く言葉があるときに使え」
私「わかりました。でも締切に間に合わなかったらどうすればいいんですか?」
上司「締切は間に合わせるものであって、間に合わない締切なんてない」
私「そうでしたよね。編集長の持論でしたね。わたしも3年ほど経験を積みましたから、わかっています。でも、もしかしたらってこともありますし」
上司「お前は『でも』が多い」
私「そうですね。では間に合わなかったらどうすればいいですか」
上司「『では』に変えればいいというものではない」
私「逆に、間に合わなかった場合は?」
上司「その『逆に』の使い方は間違っている」
私「わかりました。では、できるだけ頑張ります」
上司「『できるだけ』では困る」
私「では、なんと言えば?」
上司「『できるか、できないか』は問題ではない。『やるか、やらないか』の二択だ」

とても理不尽な会話です。実際はテキストよりも数十倍もドギつい言葉でこんな会話が行われていました。でも、当時のわたしは「やります!」と即答し、「俺もこんな決め台詞をいつか言える男になりたい」と思ったものでした。これは編集という仕事に限った話ではありません。刊行スケジュールの話でもありません。この二択は、いかなるシーンでも私の脳裏をよぎります。コンテンツの内容、ビジネス面、対人関係……。わたしは大きな課題に対峙した時、いつも自らに二択を迫ります。「『やるか、やらないか』どっちだ?」。できるか否かではなく、「やる」ためにどんな方法論があるか、実現するために何が必要なのかを考えるようになりました。できるか否かというネガティブな問いをポジティブに変換する魔法の言葉を頂いたと思っています。 上司の金言は聞き逃さぬように。

profile

杉村貴行(スギムラタカユキ)。
1979年生まれ。2002年にアメリカンカルチャー誌『Lightning』に配属、2008年より『2nd』編集長のほか、ファッションやデザインに関する編集に携わる。2015年より『Discover Japan』編集長。千葉県出身、十八番は「パラダイス銀河」

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