ランドネ編集長 今坂純也
当時わたしは26歳。超ペーペーだったわたしに当時の編集長が言った。「取材用のフィルム13本を保管庫から持って来い!」と。その翌々日に編集長は取材から帰り、「現像しとけ!」と撮影済みフィルムを渡した。撮影済みフィルムはいわゆる“ベロ”と呼ばれるフィルム端が出ていないので見分けがつく。渡されたフィルムのうち、12本はベロの出ていない〝撮済み〟で、残り1本は“未撮”だった。その1本を保管場所に戻した翌日、今度は副編集長が「フィルム出してきてくれ」と言った。ぼくは前日に未撮影だったフィルムも含めて副編へ渡した。
それから2日が過ぎ、席でポジチェックをしていた副編がアタマを抱えて「おい、お前編集長に殺されるかもな……」と言う。意味がわからなかったが、手渡された現像済みフィルムをルーペで覗いて青ざめた。そこには温泉に浸かる編集長とジャンプするバイクが1画面のなかに写っていた。いわゆる“二重露光”ってヤツだ。つまり、このあいだ編集長から渡されたフィルムはすべて撮済みで、未撮フィルムなどなかったのだ! この事態を副編は編集長に報告しないわけにもいかず、部屋のすみで「ボソボソ……」。その直後、わたしは編集長にめちゃくちゃ怒鳴られた。26年生きてきて、そんなヒドイ言われようもないだろうな、と思える単語が次々と飛び交った。
どうすることもできず、立ちすくむわたしに追い打ちをかけるかのように、今度は副編が「デザイン出しに行ってこい!」と封筒を渡す。「この状況で?」と思ったが、封筒を握りしめてデザイナー事務所へ走った。息を切らせながら女性デザイナーに封筒を渡したが、彼女はキョトンとして「デザイン出し、時期早くない?」と言う。その間、優しい彼女にさっきのエライ状況を聞いてもらおうと説明した。彼女は「フンフン」と適当に相槌を打ちながら封筒の中を見て、「……ハハハ! そういうことか。今坂クン、ケーキでも食べてく?」とのたまった。「この状況でケーキなんぞ食って遅い時間に戻ったら……」そう思い、「ヤバいです!」と言った。なのに彼女は「ダイジョーブよぅ~」とヘラヘラ笑いながら、封筒を逆さに振っている。
なんのことかわからなかった。でもとにかく封筒は“カラっぽ”だった。「つまり、キミを逃がしてくれたんだな、副編が」と彼女。わたしはうれしくて泣きそうだった(いや、泣いた)。そして「この先ずっと編集をやっていって、いつかあんなことまで考えられるような“副編集長”になりたい」と思った。 あの二重露光のフィルム、じつは20年経った今でも大切に持っているのだ。ツライとき、たまーにひっぱり出してきてはコレを見て、「このときよりはマシだな。だって『マジ、殺される!』と思えるほどの失敗だったんだし」と笑っている。
今坂純也(イマサカジュンヤ)。1967年生まれ。1995年に自転車専門誌「BiCYCLE CLUB」に配属されて18年間同編集部所属。2007~2012年BiCYCLE CLUB編集長、2011~2013年までランニング・スタイル編集長(2年間は2誌兼務)、2014年からは山岳誌「PEAKS」編集長、現在はランドネ編集長。趣味は登山、マウンテンバイク、オートバイ、クルマ……など、社内でも多趣味なほう。しかもすべて今もドハマり中!