わたしがかけ出しだった頃の話。

CLUTCH Magazine編集主査 小池彰吾

「雑誌作りに携わるって悪くないな」と、ぼんやりとした気持ちでこの業界の門を叩いた私。いわゆる新卒採用ではなく、学生バイトでこの業界に入ってしまったわけ(出版業界に熱い思いを抱いて入った人には申し訳ない)。そんなスタートだったから、雑誌作りのプロセスも知らなかったし、ましてや雑誌作りに、いかにたくさんの人たちが関わっているかも知るよしもなく、とりあえず業界に足を踏み入れてしまった。今考えてみると、それが良かったのかもしれないなと思うのは、理想もプライドもない、まったくの無知だったってこと。

もちろん、世間的には編集アシスタントという、ずいぶんご立派な表現をされるけど、アルバイトの仕事といえば、そのほとんどが雑用。いろんな人のところへの届け物だったり、原稿や写真のピックアップだったり。撮影で必要な小道具の買い出しだったり。いわゆる雑誌作りのイメージとはほど遠い。でも、もともとそこまで雑誌作りのイロハも知らないわけだから、雑誌で取り上げるネタを読者よりも先に見ることができるだけでも新鮮でおもしろかった。

そして雑誌作りって、端から見ているほど華やかではないということも同時に知る。当然締め切り間際は編集部にこもりっ放しなんていうのも当たり前。たかが雑用でも毎日がいろんなハプニングにあふれていたんだなと今になって思ったりする。そこまではまだ「かけ出し」にもなっていない状態。でもそんな雑用をひたすらこなしていくと、いつの間にか雑誌作りのプロセスも理解でき、いつしかページも任されるようになる。そうなると、かつて雑用をこなしていた時に見て、聞いてきたことを実践するような立場になっていくわけ。

それで気が付けば、もう15年以上この業界にいることになる。「石の上にも3年」なんて片腹痛い。もはやそれもとっくに過ぎとるアラフォー男子である。今振り返ってみると、やっぱりあの雑用って重要だったのね、と思うわけ。映画『ベストキッド』のワックス掛けと同じ(観てない人は観るべし)。でもそれがそこそこ仕事を任せられるようになってから思うんだから皮肉なものだけど、「かけ出し」なんてそんなもの。ただひとつだけ確実なのは、あの頃ぼんやりと思った「雑誌作りに携わるって悪くないな」という思いは今も変わらない……。

profile

小池彰吾(コイケショウゴ)。1974年生まれ。学生時代にアルバイトとしてLightning増刊号のスタッフに採用され、卒業後、そのまま編集スタッフとして就職。以後、副編集長、編集長、広告部などを経て、現在はCLUTCH Magazine編集主査を務める。アメリカン・カルチャー、とくにヴィンテージ・アメリカンをこよなく愛し、クルマから雑貨まで、あらゆるアイテムに食いつくのが悪い癖

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